岡山大学俳句研究部より、4月の俳句が届きました。

今月の句は「ワイシャツの釦の硬さ春時雨」です。

俳句のぼり(4月)

解説

掲句の季語は「春時雨」、通常、時雨と云えば、冬の季語で通り雨のことを指し、その定めなさや儚さを感じる人が多いと思うが、春時雨となると、いささか趣きが異なり、明るさや艶やかさまでが感じられるようでいかにも春らしい。

掲句の景としては、新年度を迎えて、進学したり、親元を離れるなど、様々な門出の場面を想起することになるが、どのような場面かはさておき、新調したばかりのワイシャツの釦を嵌めようとする時の、あの緊張感と苦渋の思いを経験された方は少なくないであろう。

筆者にも幾度となく経験はあるが、確かに、新調したばかりのワイシャツの穴の部分に釦を通そうとする時の、生地に皺を付けないようにする気遣いは、並大抵のものではなく、慎重に行おうとすればするほど手間がかかりイライラが募ってきたものだ。取分け、袖の釦穴は、硬くて厚みもあり、隙間がなくて口を閉ざしたまま、しかも片手で釦を通すことになるので、巧みな指使いが要求されて生易しいことではない。

こうしたピリピリした緊張感や神経質になりつつある心情を、角ばった漢字一文字「釦」と表記してある点が効果的で、読に手には、景の緊張感まで伝えられ、読後に作者の巧妙な手口に嵌められてしまったという快感を味わうことになるに違いない。

嵌めるという小さな行為に対して葛藤する心と、そんなこととはまるで無関係に降り始める春の時雨とを対比させることによって、部屋で悪戦苦闘する姿の先に、明るく艶やかな未来が待っていることを暗示させるようでもあり、春らしく今の季節にとてもしっくりくる作品に仕上がったと思う。

掲句の選者は、「とても実感のある句で、私も4月のボタンの硬さを思い出しました。新しいワイシャツ、まだ着慣れていないワイシャツのボタンはかけるのに苦労します。ボタンを漢字にしたのは、この硬さを表すためでしょうか。春時雨という季語もよく効いていると感じます。希望と不安が交互に現れているイメージです。しかし、春の時雨なので、それすら美しいと眺められる心に余裕がある人になりたいななんて思いました。」と評してくれている。

一方の作者は、「表記や季語の意味まで鑑賞してもらえてとても嬉しかったです。この句は、新年度に向けてシャツを新調したものの、硬くて留めにくい釦に苦戦を強いられているところを詠んでいます。季語の春時雨によって、日常のあるあるに多少の苛立ちや引き締まった気持ち、これからへの期待感など、作中主体の様々な感情を伝えられるようにしているので、感じ取っていただけると幸いです。」と感想を伝えてくれた。

釦を嵌めると言う些細な行為を取り上げ、穴を通す時の心の葛藤を読者に想起させると同時に、春時雨の斡旋によって、釦かけの行為そのものが、あたかも、その先にある夢と希望へと変容していくかのようにも感じられ、読後に安堵感の残る心地良い佳句である。

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