岡山大学俳句研究部より、1月の俳句が届きました。
今月の句は「寒鴉鳴きてドア越しの看病」です。
解説
掲句の季語は、「寒鴉」で、「寒烏」「冬鴉」とも同義である。
句はいわゆる「破調」と呼ばれるもので、鴉のあの「かあ~、かあ~」と鳴く声、鳴き方までが句に投影されているようで興味深い。
鴉は年中見かける鳥で、餌が乏しくなってくる冬には市街地に降りてきてゴミ袋を突いたりして悪さをするなどの小賢しさもあり、余り人から好まれる鳥ではないが、そんな冬景色の中の鴉ゆえ、寒々とした寂しさを感じさせる不思議な雰囲気すら持ち合せている。
コロナ禍の下では、付き添いの看病は儘ならず、ドア越しにお見舞いできるならまだしも、施設によっては、面会すら難しい場面が多々あったが、掲句は、そんな病院か施設の景だろうか?それぞれの対応はまちまちであったようだが、主人公が大切な人の看病さえ意のままにできない歯がゆさを感じている時、偶々、近くにいた鴉が鳴いたのだ。その声を聴いて生まれたのがこの一句。果たして本人に鴉の声はどのように響いたのであろうか?
看病される人と看病をする人、二人の関係性は、例えば年老いた母とその娘、或いは家の主とその妻など、その他様々なケースが考えられ、それぞれの関係性を想像するだけでも句の趣きは異なってくるので、読者は様々な情況を想像する自由を委ねられる点で興味深い。
句の作者は、
「この寒鴉の声は、例えば換気した窓から病人が聞いたのか、お見舞いを持ってきた人物がその道中で聞いたのか、ひょっとしたら病人とお見舞いに来た人は同じ声を聞いているのかもしれない。そしてたとえドア越しの看病であったとしても、患者にとって、気遣ってくれる人がいるということは喜ばしいことだ。だとしても、直接看病できないのは、やはりもどかしいだろうと思うが…。」と句を作るに至った心情を語ってくれている。
作者は、カラスが好きだそうで、この寒鴉から「お前も寂しいなぁ」と話しかけられるような人物を想像して作句してくれたそうだ。そのような視点で掲句を眺めてみると、作者の寒鴉に対する優しい眼差しと、生きとし生けるものとの間に、ほのぼのとした心の交流のようなものまで感じられるようで興味深い。
一方、掲句の選者は、
「ここ数年、ドア越しの看病をしなくてはならない状況に出くわしやすくなりましたね…特にこの時期…寒鴉のうらさみしい鳴き声と、大切な人の看病に来て、自分も倒れるわけにはいかないが、相手とドアひとつ隔ててしか会えない寂しさ、近くにいてあげられない不安のようなものがぴったりくる感じがしました。」と鴉の鳴き声と看病のもどかしさが響き合っているとのコメントを届けてくれた。
また、もう一人の選者は、「字面だけ見ると寂しいし切ないけれど、そこには看病する人の優しさがこもっているので、寒いけれど人の温かさを感じやすい冬にピッタリな句だと思いました。」と感想を漏らしてくれた。
掲句は「鴉」と「看病」という特異な着眼点から誕生した佳句であるが、作者と撰者二人、それぞれの感性の微妙な違いを知ることによって、読者の想像力を一層逞しくさせてくれる点においても興味深い一句である。
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