岡山大学俳句研究部より、8月の俳句が届きました。
今月の句は「古着市の湿り含んで草田男忌」です。
解説
8月5日は、中村草田男の命日。草田男と云えば、中学の国語の教科書に載っていた「万緑の中や吾子の歯生え初むる」を思い出す。草田男は四季それぞれの名句を作っているが、筆者にとっては夏のイメージが強い。
掲句の季語は「草田男忌」。季語の中には、有名俳人の忌日を季語とするものも多いが、草田男の命日が、冒頭記載した通りなので、草田男忌は夏の季語である。また、忌日の季語を使って、俳句に仕上げようとすると、なかなか、取り合わせが難しいものであるが、掲句はそんな難題に敢えて挑戦してくれたものである。
掲句の舞台は古着市、今ではお目にかかる機会は少なくなってしまったが、筆者の幼少期には、近くのお祭りや月々のお地蔵様の日のお寺の参道などに、市が立ち、色々な物が売られていたものだ。特に古着市などカラフルな衣装が吊るしてある店は、見て廻るだけでも楽しかった。
そんな昔を思い出させてくれたのが、1980年半ばに2年ほど駐在したサウジアラビアのスーク(市場)である。野菜、魚、肉、雑貨、衣料品、装飾品などを売る店を、娘を連れて巡るのは実に愉しく興味深いものであった。
また、当時、筆者が居住する区域の中では、欧米人の奥様方が、しばしば、フリーマーケットと称して、古着や育てた緑、不要になった食器などを、自宅の一室を開放して売っていた。今でいうリサイクルショップである。
当時、サウジアラビアでは女性は一人では外出もできず、買い物が自由にできないので、家内は、近所にお住いの欧米人の一室で開かれるマーケットに顏を出し、奥様同志で交流を深めながら欧米人が着用した衣装を購入してくることも屡々であった。
さて、句に戻ろう。
掲句のポイントは、〝市が湿りを含んでいる“という発見である。「湿り」という言葉の斡旋によって、生身の人間の温もりや汗の匂い、市を司っている人たちの表情まで活き活きと浮かび上がってきて、実に迫力がある。人間追求派と呼ばれた草田男と結び付け生活感をも感じさせる掲句は、正に季語の「草田男忌」に打って付けの句となった。
選者のおひとりは、
「新品の服はパリッと糊がきいていたり新品らしい柔らかさがあったりしますが、詠者がいるのは古着市。この時期独特の湿り気だけでなく、元の持ち主の残り香や体温のようなものが古着の「湿り」としてじっとりと伝わってくるようです。「人間探求派」と呼ばれ人間の内面や生命感を表現した草田男の忌日だからこそ、人間にしか出せない独特の生暖かさのようなものが伝わってきました。」
と語ってくれた。
また、もうおひとりは、
「私も、この句に人間の営みを強く感じました。古着特有の風合いからは、元の持ち主の人生が少しだけ伝わってくるように思います。今回は中でも「市の湿り」ということで、その場全体の空気感が表されています。ただの湿気だとジメジメして重苦しいですが、古着を売る人、求める人の活気が醸し出す、一種の瑞々しさを感じられました。それは草田男の人間像、それから草田男の字面も後押ししているようで、季語への納得感があります。」
と評してくれた。
一方、句の詠者は、
「古着市で初めて古着を手に取った時、新品のものにはない湿り気があり驚いたことがある。古着=誰かが着ていた過去のもの、という点で「死者」の気配すら感じられ、草田男忌という忌日の重さが伝わるのではないか。古着市は公園で行われることも多い。今日は草田男の命日だな、と思う人間が一人でもいたら嬉しいなと思った。」
とコメントを寄せてくれた。
詠者、選者、それぞれに草田男忌に寄せる思いは異なるが、湿りという言葉の斡旋を通じて、生身の命やぬくもり、死者を想起しつつも、命の重さ、大切さを感じている点は共通。偉大なる人間探求派俳人、草田男の一面を古着の湿りから想起させてくれた、この暑い季節ならではの佳句である。
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