岡山大学俳句研究部より、11月の俳句が届きました。
今月の句は「弁当を開ける学園祭の隅」です。
解説
異常なまでに暑かった長い長い夏が過ぎ去って、待ちに待った秋が漸く到来、今頃は全国の学び舎で一斉に学園祭が開催されている頃であろう。
掲句の季語は「学園祭」。一般的に「祭」と言えば、夏の祭りを思い起こすことが多く、歳時記に当該季語を見つけることはできなかったが、最近の学園祭の殆どは、秋のこの時期に行われるのが通例なので、秋の季語である「秋まつり」の延長線上にあるものと解釈したい。
掲句には、17文字の中にいくつかの仕掛けがあるようで一瞬にして惹き込まれてしまった。
その理由の一つは、句の姿。
掲句は、俳句の定型と言われる、所謂、「五・七・五」のリズムを踏んでおらず、「弁当を開く」という動作と「学園祭」の景を、読者の前に提示しているだけで、他に何の説明も加えていないこと、加えて「八・九」という句跨りの破調に仕上たことも効果的である。同時に、掲句には、「学園祭」のところに至るまでの昇り基調と、最後の「隅」に至ってドスンと落ちる音階は感じられないだろうか…。
こんなことを感じつつ、句を読み進んでいると、お弁当を開く登場人物の仕種や表情、更にはワクワク感溢れる心情まで見えてきてしまうが、その瞬間、読者はその舞台が学園祭であることを思い知らされることになるのだ。そして、最後に置かれた「隅(スミ)」の二文字の効果によって、読者に様々な鑑賞の在り方を要求しているような句とも取れるが、作者の意図はさて如何なものであろうか?
学園祭と言えば、通常、誰にとっても愉しいものだと思いがちであるが、この登場人物にとっては、それほど単純でもないらしい。
当人の消極的な性格や、その時の心情、そこに至る友人との複雑な関係性など、背景には様々な要因が考えられるが、何れにしても、皆に混じることなく、学園祭の片隅で、ひっそりと弁当を開けているという事実だけがそこにある。
掲句の作者は、「楽しい学園祭の陰に潜む孤独に焦点を当てた句です。仲間たちと買ったものを食べるのではなく、自分の作った弁当を1人で食べる、そんな蚊帳の外にいる感覚を表しました。」と解説してくれているが、同時に、「ただ強がっているだけ、友達とこっそり休憩している、など他にもたくさんの解釈ができると思うので、読み手の方にとって一番しっくりくる鑑賞をしていただきたいです。」と付け加えてくれている。
そんな作者の思いを受け、句の選者は「学園祭の賑わいの中では弁当を開けるという行為さえ際立って愉しく、しかし最後に「隅」と置かれることで、大勢の中での孤独をも感じさせるとても好きな句です。秋の空気にふいに放たれるおかずの匂いまで伝わってくるようです。」と語ってくれている。
掲句には、このように、読者一人一人の想像を掻き立ててくれる力が潜んでいることは確か、「隅」を最後に置くことにより、読者の想像力を増幅させんとする作者の巧みな戦略に、評者も見事に嵌ってしまった訳であるが、結果、妙に心地良さを覚えることとなった示唆に富んだ佳句である。
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