岡山大学俳句研究部より、11月の俳句が届きました。
今月の句は「退勤のドアポケットに夜寒かな」です。

俳句のぼり(11月)

解説

掲句は、構成もシンプルで、多くを語っていないにも拘らず、情景が瞬時に出現し、ものがたりが生まれてくる俳句のお手本のような句である。

上五の「退勤」という言葉の斡旋で、一日の勤めが終わって家に帰ろうとする主人公の姿が即座に目に浮かんでくるし、中七の「ドアポケット」で、この人は車通勤をしている人なんだということも直ぐに理解できる。

仕事を終えてホッと一息つき、シートに座って自分に戻る瞬間に感じるひんやりとした車内の温度も、この季節ならではのもので、一瞬にして気分転換を促してくれるようだ。さて、今日は真っ直ぐ家に帰ろうか?それともどこか寄り道してみようか?

掲句から、筆者は、嘗て松任谷由美でヒットした「中央フリーウェイ」のあの軽快なメロディーとロマンティックな歌詞を思わず思い出してしまった。

そして新入社員の頃、買ったばかりの車を運転して、あちこち出かけた思い出までが、俄かに蘇ってきた。

とある金曜日の夜、突然、後輩が部屋のドアを叩いた。

飛び込んで来たのは

「先輩、これから恐山までドライブしませんか?」との誘惑の声。

勿論、すぐさま同意、夜の九時も回った頃、当時暮らしていた仙台から、一路、青森の恐山を目指し、ノンストップで400余kmをドライブした思い出も懐かしい。

 

再び、掲句に戻ろう。

「夜寒」が季語で、季節は晩秋。

過ぎ去る季節に一抹の寂しさを覚えながらも、感傷をむしろ肯定的に捉えたくなるような季節の変わり目である。

作者は、

「わたしはまだ学生の身で、免許も持っていませんが、車のなかにいるという状況設定が好きで、掲句は、仕事終わりに車に乗り込むさまを想像して詠んでみました。

仕事を終え、車に乗り込み、寒々とした車内でホッと一息つきながら、これから車を運転して辿る家路を想っている人を思い浮かべながら作った句です」と作句の背景に触れているが、一方で、掲句の選者はこの句について、「車の中をイメージできるし、ほんの17文字の中に、仕事で疲れた人の表情や車内の匂いや空気感、座席表面のなめらかな感触まで浮かんできて好きです。」と語ってくれている。

作者は、その鑑賞について、「選者の感想、それがまさしく自分の思い描いていた通りの景だったので本当に嬉しく思いました」と、感想を漏らしてくれた。

以前にも同様の場面があったように記憶するが、掲句において、運よく、作者と撰者の感性が共鳴し合うような場面に立ち会うことができたことから、筆者にとって、この上ない贈り物になる一句となった。

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