岡山大学俳句研究部より、12月の俳句が届きました。
今月の句は「冬の日の錠剤一つ飲み込めり」です。
解説
一粒の錠剤からはじまるものがたり、飲み込んだ錠剤が喉を通り、食道を経由して胃へと下って、次第に溶けゆくさまが、まるでスローモーションの映像でも見ているかのように想起される。錠剤が体内を進むにつれて、ものがたりが進行し、いやが上にも、妄想が広がっていく展開は実にユニークだ。
掲句に触れた時、筆者は、咄嗟に、随分昔に観た「ミクロの決死圏」という映画のことを思い出していた。彼の映画では、医師が患者の病巣を切除する目的で、潜水艦のごとき乗り物に乗り込み、瞬時にミクロのサイズまで小さくなって、血管内に注入され、体内の各種臓器を経由し、抗体と闘いながら、最後には、無事、病巣に辿り着いて、病巣を取り除くといったストーリーだったように記憶している。今でこそSF映画は、珍しくもないが、当時は、実に斬新で、ぐいぐい映画に引きずり込まれて行ったことを思い出した。
最初から話題が反れてしまったが、掲句には、錠剤が登場するだけだ。ところが、
その色は、大きさは、形状は果たしてどんなものだったのだろうか?などと、作者の飲んだたった一粒の錠剤が、やけに想像を逞しくさせてくれる。
さて、実際は、どうだったのだろう。そのヒントは、作者の「冬の日の冷たさが、錠剤を飲み込むときの感覚や、薬の形まで引き立てているように感じられた。」という作句の動機の中に見付けることできる。
そうだ、この錠剤は、きっと硬くやや大粒で、形状は球形で表面はすべすべ、光沢があるものに違いない。
その発見を納得させてくれるのが、掲句の選者の「錠剤が空気の冷たさを纏うことで、異物感を伴って喉を通っていく感覚を、より的確に切り取った句であると感じました。ひとつの動作、景から冬の日の閉鎖性をも感じ取られる句であるように思いました。」の鑑賞だ。
錠剤を飲むことの殆どない筆者は、錠剤という言葉を耳にすると、幼い頃に飲まされた、どちらかと言うと、苦くて、喉に詰まる様で飲みにくいイメージを抱いてしまうが、最近では、サプリメントに見られるように錠剤やカプセルオンパレードの時代、見栄えも良くて、艶やかで、さぞ飲みやすくなっているのであろう。
掲句の作者は、いつも余計なことを一切語らず、まるで一幅の水墨画でも見せてくれているかの様に気取らない構図で、様々な作品を読み手の前に提示し、愉しませてくれる。
今回は、掲句によって、懐かしい映画を思い出すことができたし、錠剤から、様々なことを想像させてもらうこともできた訳であるが、よくよく考えてみると、正に、掲句そのものが、脳を活性化させ、想像力を掻き立ててくれる強力な錠剤ではなかったのだろうか。
急に寒さの厳しくなってきた今日この頃、ふとそんなことを考えさせてくれた、端正で無駄ひとつない佳句である。
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