岡山大学俳句研究部より、12月の俳句が届きました。
今月の句は「お十夜の漢方を湯に溶かしけり」です。
解説
掲句の選者は、「十夜の厳かな時間の中、漢方をお湯に溶かしていく。研ぎ澄まされた感覚の中、漢方の溶けていく様子や味などが、十夜の雰囲気に合うように感じられました。」とその感想を述べている。また、「お十夜の濃度の高い空気と、重たい色の漢方が湯にゆらりと溶けていく様が美しく響きあい、漢方を飲んでいたことのあるものとしては、その苦味や質感を思わせる描写に馴染み深さを感じつつ、どこか知らない世界に漂うような不思議さも感じました。」と自らの経験を追記として重ね合わせている。
掲句の季語は「お十夜」で、辞書をひいてみると、「浄土宗の法要のこと、季節は冬で、陰暦10月6日~15日の10昼夜のあいだ修する念仏の法要のこと」。15世紀に、京都の真如堂に平貞国が籠り、7日7夜のお礼の念仏を行ったのが、その始まりだそう。
真如堂には学生時代、何度か足を運んだことはあるが、当時、俳句の「は」の字もしらぬ学生だった私には、真如堂と「十夜」に関りがあろうなど知る由もなかった。
ところで、掲句から、作者は、何歳くらいの方だとお思いだろうか?
年配の方であろうと想像する向きも多かろうが、何と、作者は現役の大学生なのである。若いからと言って、渋味もあり落ち着き払った句を作ってはいけないという定めはどこにも無いが、それにしても取り上げた素材と季語の取り合わせには、ベテラン俳人の匂いが感じられる。奇をてらうことのない自然な詠みっぷりと、得も言われぬ落ち着いた句の佇まいには、人生を達観したかのごとき円熟味があり、惚れ惚れするほどだ。
これまで、私自身、「十夜」という季語を余り使った経験はなかったが、歳時記には
・お十夜の柿みな尖る盆の上…波多野爽波
・十夜粥箸のまはりの灯影かな…桂信子
・つかみたるものは放さず十夜婆…鷲谷七菜子
など、景を直截に描いたものから、滑稽感漂うものまで、多くが掲載されている。
掲句は、お湯に漢方を溶かす刹那を描いたものであるが、見えている舞台は、せいぜいコップか湯飲み茶わん程度の世界である。然りながら、句に浸っている内に、何故か、お風呂に入浴剤を入れた時の湯舟に溶けゆく様が想起され、視界が一気に拡がってくるのだ。
そして、漢方はどんな色をしているのだろうか、匂いは?果たしてその味は?などを想い浮かべるうちに、選者の感想にもある通り、いつのまにやら不思議な世界へ舟を漕ぎ出していくことになるのだ。
斯くして、淡くも優しい色彩に包まれた景は、読者の心の奥処まで沁み込んで来て心地良い世界へと誘ってくれる。まるで、掲句に漢方の効用が仕掛けられているかのように…。
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