岡山大学俳句研究部より、3月の俳句が届きました。
今月の句は「水掬ふかに持ち帰る椿かな」です。

俳句のぼり

解説

三寒四温を繰り返す内に、春一番が吹き、黄砂も空を覆うようになってきた。これに桜の開花宣言が加われば、いよいよ春本番。

ご存知のとおり、季語には、天候や行事、生活、動植物など、その対象は様々であり、例を挙げると、「春一番」、「黄砂」や「蜃気楼」のように、それぞれの季節ならではの自然現象を表すものから、「蛙の目借時」や「亀鳴く」のように想像力を膨らませてくれるものまで、実に幅広く興味は尽きない。

そんな中で、作者は、数ある春の季語の中でも取り上げられることの多い「椿」に注目したのです。

句を作るきっかけは、「ぽってりと大きくやわらかな椿の花を、そっと両のてのひらに包むようにして持ち帰った時のことです」と漏らしてくれましたが、確かに、見えているものは、掌の上の椿だけという至ってシンプルな構図ですっきりとしています。

しかし、その椿につながる上五・中七の十二文字を置くことによって、単に静物として存在するだけの「椿」が、愛おしい生物として鮮やかに蘇ってくる感があります。

掌に汲んだ水を零すまいとする時を想像してみましょう。上五中七の十二文字から、愛おしい「椿」を大切に運ぼうとする真剣な表情、掌にある「椿」とその目線の先にある足元、更に前方にある安全まで確かめようとする眼差し、更には、掌の「椿」の蕊の花粉が微かな揺れから零れることの無いように、摺り足で歩く作者の姿まで生き生きと浮かび上がってくるのではないでしょうか。

正に、掲句の選者が、「作者の動作や椿に対する思いが見えてくる」と評する通りです。

 

椿の花ひとつさえ、大切に運ぼうとする作者の姿勢からは、普段の生活ぶりまで見えてくるようです。浮つくことのない自然なふるまい、そして生きとし生けるもの全てを大切にする心の在り様。

そんな作者の一面にまで触れることができる掲句に惹かれるのは、私ひとりではないでしょう。

植物にも心があるはず。植物を愛して止まない人は、「目をかけてやればやるほど、植物も応えてくれるものなのよ」と言う台詞を良く口にする。

掲句に登場する「椿」も、作者に大切に扱われたからこそ、尚一層、魅力的で神々しい輝きを放ってくれているのです。

 

 

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